こんにちは!理系女子大生コミュニティ凛です。
皆さんは進路選択やキャリア選択で迷うことはありますか?私たち凛は、理系の女性が進路を選ぶとき、「既存の枠組みに囚われない」「幅広い視野を持つ」ことが重要であると考えています。
では、幅広い視野を持つには何をすれば良いでしょうか。
私たちの普段どおりの生活の中から情報を取り入れ、取捨選択し、判断していくにはどんなことが必要なのでしょうか。
AGC株式会社の御手洗 灯(みたらい あかり)さんにこれまでのキャリア選択について伺ったところ、そのヒントが見えてきました。
インタビューした人
御手洗 灯(みたらい あかり)さん
佐賀県出身。東京大学大学院 化学システム工学専攻卒業後、2014年にAGC株式会社に入社。
開発職を経験後、現在は2人の子供を育てながらウレタン事業部の企画・管理業務及びクロールアルカリ事業部の企画業務を兼務している。
もくじ
- 社会に大きなインパクトを与える分野で、事業の中心となって働く
- 大学の研究分野も「社会に与える影響」で選んだ
- より広い視野を持つために、都心で暮らす
- 原体験は必要か
社会に大きなインパクトを与える分野で、事業の中心となって働く
──御手洗さんは、企画のお仕事をされているとお聞きしました。企画職とはどんなお仕事ですか。
企画職は、事業部の方針政策を推進させていく仕事です。
事業部には開発・製造・営業・物流など、さまざまな部署があります。1つの部署でできることは限られていますが、私たち事業部企画が中心となって各部署と連携していくことで、事業部全体をより良い方向に導いていくことができます。一つの方向にみんなで進んでいく、その仕事の中心にいるような役割だと思います。
ウレタン事業部では一連のサプライチェーンを扱っています。製品の販売を今後拡大していくための販売戦略、及び製造面での課題解決などを行っています。クロールアルカリ事業部では、東南アジア関係会社の企画を担当しています。仕事は海外とのやりとりが中心になります。
──二つの事業部を兼任されているのですか。
はい、今年の3月から兼任しています。去年の11月までは育休を取っていました。復帰してすぐはウレタン事業部の企画のみでしたが、落ち着いてからはクロールアルカリ事業部の企画にも携わることになりました。掛け持ちするようになってからは結構忙しくて、現在はフルタイムで働いています。
──育児をされながらも、最前線で働いていらっしゃるのですね。企画の仕事を選んだのはなぜですか。
入社直後はポリマーの開発職をしていました。製造の課題解決に取り組んだり、新商品の開発のため営業の方と共にお客様のもとへ訪問したりと、商品の作る側から販売先まで見ることができて、やりがいを感じていました。
ただ会社の開発職が難しいのは、良いものができても販売数量が十分見込めなければ、お客様には紹介できなかったり、紹介できたとしても、コストが合わなければなかなか検討してもらえなかったりすることです。
私は就活の時から「社会問題の改善に貢献できる仕事がしたい」と考えていました。そのためにはもっと大きな視野・分野で業務に関わるべきだと考えました。お客様の声を聞いたうえで、方針戦略を立てて、各部署と連携して、AGCにできる形で社会貢献を実現する。そういう仕事がしたいと思いました。そこで、手を挙げ事業部の企画職に異動させてもらいました。
──社会貢献とは、どんなことですか。
社会により良いものを提供することだと思います。
今の社会は、ものづくりが土台になっていると思います。その中でも上流の製品である素材がものづくりに与えるインパクトは大きいです。素材のコストが安くなったり、品質が良くなったりすると、その下流にあたる製品の品質も良くなっていきます。
例えば環境問題においても、化学産業が与えるインパクトは大きいです。環境改善とは真逆なことをしているような化学産業ですが、同時に今の生活には欠かせません。生活の基盤となるこの業界の、素材の分野で変革を起こすことができれば、社会生活にプラスの影響を与えられると思います。
──化学産業の根幹に関わる「素材」の改良を、事業の中心に立って進めていける点に魅力を感じていらっしゃるんですね。
大学の研究分野も「社会に与える影響」で選んだ
──大学の時は燃料電池の電解質とゼオライトの合成について研究されていたとお聞きしました。これらの分野に関心を持ったのはいつですか。
ゼオライトや燃料電池そのものに関心があったというよりは、この研究が解決できる課題に興味がありました。
私が進学先として工学部化学システム工学科を選んだのは、当時から「化学産業や素材の変革が社会問題の解決につながる」と考えていたからです。
大学の時は社会問題の中でも特に環境に関心がありました。ゼオライトは汚染物質の吸着に使われるような物質ですが、合成工程で汚染物質が出てしまいます。これを出さない方法を研究するというのが学部時代のテーマでした。
大学院も同じ学部学科でしたが、一から新しいことがやりたいなと思って別の研究室に所属しました。研究内容は燃料電池で、これも環境問題を解決したいという動機に合致していました。計算式を新しく作ったりして、手探りで研究できたのはいい経験でした。
──化学には小さい頃から関心があったのですか。
高校生の頃は数学や物理が好きでした。でも大学の物理は高校とは違って、数式の話ばかりで。思っていたのと違うなと思いました。
一方で大学の化学は、高校時代の物理に近いものでした。熱変化を数式で見ていくような。私は物事を式で解いていくのが好きだったのだと気づきました。だから有機はあんまり好きじゃなくて笑、どちらかというと化学工学とかそういうところに興味があります。
化学が好きだったというよりは、物事を計算していく過程が好きだったから、大学では化学を選びました。
──学問としての面白さと社会貢献ができるという両面から化学を選ばれたのですね。社会貢献について考え始めたのも、大学に入ってからですか。
きっかけは、高校生の頃に女性物理学者である米沢富美子さんの、「科学する楽しさ」を読んだことです。米沢さんが子供を3人育てながらも海外の学会に行ったり、物理のことを考えたりしていたと知って、こんなふうにどこにいても仕事をして社会に貢献できる人になりたいと思いました。
工学部に進んだのも、米沢さんに憧れていたからです。私が通っていた佐賀県の高校は県の中では進学校で、医学部や薬学に進む人が多かったんです。でも私は工学の分野なら性別や場所などに囚われず活躍できると思っていたので、この進路を選びました。
より広い視野を持つために、都心で暮らす
──工学部なら自宅でも海外でも活躍できると考えている中で、東京大学を選んだ理由はなんですか。
11歳のときに参加した、CISVというグローバルキャンプの印象が大きかったと思います。韓国からアメリカ、オランダまで、12ヶ国から60人くらいの人が集まって1ヶ月間交流しました。
世界にはいろんなことを考えている人がいて、いろんな文化の中で生きている人がいる。私は今まで自分の見える範囲でしか世界を見ていなかったと気づきました。
自分の狭い世界を広げるには、より多くの人と出会う必要があると思いました。だから、工学部に進むと決めたとき、九州から出て、色々な人が集まる東京に行きたいと思いました。それで東京大学を選びました。
──すごい原体験ですね。様々な人と関わることで自分の世界が広がるのは、なぜだと思いますか。
他者と関わることで、自分の属性が明らかになると思うんです。
私は佐賀の出身ですが、地方だとテレビのアナウンサーも方言を話すことがあります。それくらい、地元で生まれ育った人に囲まれています。その環境から離れて、属性が違う人と関わることで、自分を客観視することができました。
──就職の時も、東京で働くことを選ばれたんですよね。
もっとグローバルに活躍できる人物になりたいと感じました。そのためには、東京にいるべきだと思いました。大学時代にできた沢山の友人を大切にしたいと思ったことも動機の一つです。それで、関東を中心に化学工場を展開しているAGCに決めました。
──今後、地元に戻りたいと思うようなきっかけはあると思いますか。
もともと地元から出てみたい、広いところに出たいと思って出てきたので、今まで戻ろうと思ったことはないです。
人それぞれだとは思いますが、私が地元に戻ろうと思うきっかけになることは今後もないかなと思います。しばらくは関東で暮らしていくつもりです。
──出身地はどんな存在ですか。
オンとオフの切り替えができるところで、地元では素の自分でいられます。その安心感が得られる場所だと思います。
「原体験」は必要か
──グローバルキャンプは素晴らしい体験ですが、情報格差や経済格差によって参加できない学生もいると思います。そんな学生が視野を広げるには、何が必要でしょうか。
確かに私は運が良かったとは思いますが、キャンプに参加した経験だけで進路を決めたわけではありません。数学や物理が好きなこと、米沢さんの本を読んだこと、環境問題に関心があったこと、いろんな面から自分のことを考えてこのキャリアを選びました。
進路を選ぶ時は、まず自分自身を見つめるべきだと思います。自分のやりたいことがなんなのか、どう生きたいのかを決めて、それを軸に考えていくことが良い判断につながると思います。
──経験を得ることそのものではなく、それを元に自分について考えることが重要ということですか。
私が得られた機会はもちろんあったけど、得られなかった機会もあると思うんです。
私は地方出身ですが、田舎で育ったことで、自分の経験を噛み砕いて、自分を見つめる時間を得られました。
田舎だと情報を得る機会は少ないかもしれませんが、田舎だからこそできたこともあると思うんです。例えば東京だと中学受験が壮絶で、こんなに自由な経験をしながら自分の軸を考える時間をとることは難しかったかもしれません。限られた自分の人生のなかで得られた経験から、判断をしていくことが必要になると思います。
早い段階で知るべきだったと思っているのは、生活にかかる費用と、収入がどの程度であるかということです。業種によって収入は様々です。
生き方も大切ですけど、どういうお金が得られて、どれくらい必要になるかを知ることも大事だと思います。
──御手洗さんは、常に自分を見つめながら後悔しない進路を選んでこられたのだと思います。今後の人生で大切にしたいことはなんですか。
社会貢献とワークライフバランスの両立です。常に自分のやりたいことを見つめてキャリアを積んでいきながらも、子どもたちとの時間も大切にしていきたいと思います。
──ありがとうございました。
御手洗さんは、よりグローバルに活躍したい、より社会に貢献したい、という視点を常に持っていました。そしてそれを、自分の好きな分野を学ぶことや、プライベートを大切にしていくことと両立されていました。
- どんな風に生きたいかを常に考え、そのために必要なものを選ぶこと
- 得られた経験を大切にして、限られた情報の中でも常に判断し続けること
これが、御手洗さんがこのキャリアを築くために行ったことだと仰っていました。
ですが、それに加えて、御手洗さんがごく当たり前のこととして社会や世界の課題を意識し続け、問題の解決に携わろうと努力してきたことを、取材を通して感じました。
私たちが広い視野を持って進路選択をするには、自分のことと世界のこと、両方について考えながらそれを結びつけていくことが必要なのかもしれないと思いました。
御手洗さんありがとうございました!